貴方と私で らんでぶぅ?


     5



元は故買屋だったという男性の経営する骨董品店まで出向いていたところ、
その店が入っている雑居ビルから出火したらしいとの騒ぎと遭遇。
直射日光を嫌う物品が多いためか、一階と半地下を店舗と倉庫としていると訊いており、
消火活動が始まれば人が出入りするのと最も接触する位置と言え。
何があったか、情報も少なすぎる現段階では関わらない方が得策と構えた芥川と違い、
オーナーの○○氏が避難して出て来た様子がないのを気にした敦の方は、
正義感からか救助に向かう気満々ならしく。

 “そうやって無為に首を突っ込むのは、探偵社の人間としてもどうなのか。”

もしかして、芥川が憂慮したように オーナー氏自身が逃げるために火を放ったのだとしたら?
太宰が先触れをしてあったというのさえ放り出すほどの危機ならば、
通りすがりの強盗や何やではなかろう確率も高く、
そうまでの厄介ごとである確率も高いのに わざわざ巻き込まれてどうするか…と、

 “説得しても聞くまいな。”

というか、どういう状況なのかを
この現況を見て察することが出来ていない以上、
裏社会の人間の常識や通例というものが、
ただの知識としてでさえ身に付いていない少年であるらしく。
飛び出してきた人々の様子から “火事らしい”だったものが、
異臭がし出し、二階の窓からは煙も漏れ出て来だした現場を前にして。
小学生相手レベルで噛んで含めて伝えねば通じないかもしれないし、
そんな苦行の方が面倒だと思ったらしい芥川。
お前は警察に見つかっては不味いのだからと、そういう気は回せるらしい虎の子くんへ、

 「え…っ。」

有無をも言わさず後ろ襟掴むと、一緒に人垣から遠ざかろうとする。
いやいや離してともがきかかるのへ、素早く鋭い一瞥を寄越した兄人から、

 「正面からは向かわぬのだろう?」
 「…っ。」

こそりと一言 囁かれた途端、
抵抗のつもりか呆然としていてか
引き摺られるまま踵で舗道を擦ってた敦の足が自発的に動き出し。
今日もまた、内衣とティパードパンツは黒で、
襟元に巻いたシルクニットのストールとシャツは濃いグレーという
黒が基調ないでたちの彼が極力目立たぬよう、従順にも歩調を合わせてついてゆく。
兄人が呆れたように裏社会の常識はまだあまり知らない敦だが、
相棒のこの態度は…じゃあ好きにしろと見切ってのものでも、
自分まで巻き込まれてはかなわぬ諦めよと この場から力づくで引き剥がすものでもないと。
貴様の思う方向に勝手の良いやり方、
やつがれが整え導いてやるからついて来よという態度だと判るからで。

 「♪♪」
 「…その顔は不審だ。」

火事場見物から離れる身が 鼻歌混じりにニコニコしていてどうするかと。
今度は眉を寄せての、見るからにやや呆れたような顔になった、
意外と表情豊かな漆黒の覇者殿だった。



     ◇◇


昼と呼ぶにはまだ早い午前中という時間帯なことといい、
ビルの中には飲食業は入っていないので厨房施設もない環境といい。
失火というもの出にくい条件だというに、
設置が義務付けられている煙探知機能の付いた火災報知器が鳴り響いたということは、
見るから赤々とした炎は上がっていないまでも、
人体に有害だろう成分の煙が上がる事態にあるということで。
そんな警報機が上げるけたたましい悲鳴に浮足立って、
他の事務所や店舗に居た人々は慌ててビルの外へと飛び出したようで。
がらんとしたビルの中、ごとんという鈍い音がしたものだから、
首を伸ばして内部を窺っていた裏口から
そろりとその身を進めた少年の薄い肩を、びくんっと跳ねさせるには十分で。
誰もいないからという静けさではなく、
何かが潜んでいるような、微妙な気配が聞こえるような、
どこかざらざらした雰囲気をクルリと視線で一撫ですると、
砂っぽい埃がまぶされたPタイルが張られた廊下へ歩み入る。
電源を落とすところまで気の回った人がいなかったか、
それとも非常用の自家発電が作動しているものか、廊下の天井に灯された照明は点いたままで
白っぽい乾いた光を落としてくれてて。
そろそろと歩を進め、裏からだとすぐ傍になる、シックなドアに手を掛ける。
黄昏どきを思わせるよな、やや橙色の店内照明はついているが、
キイとやや軋むドアを開いても何の応対の気配もないし、
虎の感覚でまさぐっても人の気配は感じられない。
やはり避難した後なのかな、でも何だろう、頬にそわそわする何かを感じる。
気分が悪くなる酸いような嫌な匂いがするからか、
いやこんなくらいは気を張れば抑え込める。

 “人の気配?”

半地下の倉庫で催されているという個展を観に来た自分たちで、
それへの入り口か、カウンター傍にくぐりになってる戸口が見える。
向こうが真っ暗なのでよく判らぬが、妙な匂いはその手前、妙な気配はその奥からするので、
よしと覚悟を決め、シックな像や傘立てみたいな壺が置かれて通路の狭い店内を歩み、
気になる刳り貫きのくぐりに進み入れば、入ってすぐに段差があったようで、

 「わ…っ。」

フラットな床があると思った先、靴の幅もなかった階段だったの踏み外し、
おおうとバランスを崩したものの、何とか数段下の床へは無事に着地出来、
此処は照明も消されているらしい空間を、覚束ぬ様子で見回して。

 「あの、オーナーの○○さんおいでですか?」

やや及び腰で声を発したものの、やはり返って来る声はなく。
ただ、

 “やっぱり誰かいる。”

堅牢そうな建物ながら、最近 補強のためのリノベーションでもされたか、
外装も内装もそれは綺麗で。
こたびはそれが仇になっているようで、
失火したには違いなく、何かが炎も出さぬまま燃えたがためのガスを出し、
異臭が垂れ込め、何人か倒れている影がある。
其方を見澄まし、大丈夫かと歩みを踏み出しかかったそんな少年の頭上から、

  ぶん、と

気配も音もなく、ついでに情け容赦もない勢いで
一気に振り下ろされた金属の棒が、
途轍もない衝撃と共にガツンと当たって 床へまで至っており。

「邪魔すんじゃねぇよ、野次馬が。」

どさぁっと倒れ込む存在への捨て台詞にありがちな忌々しさで、
男の声がそうと投げ捨て、

 「ったく。もしかしてこいつも火事場泥棒ってやつかよ。」

皆が慌てて逃げ出した火事の現場だというに、何でのこのこと一人で入ってくるものか。
燃えてないから安全だと思ったとか?馬鹿じゃねぇの?
このおっさんの知り合いじゃね?さっき名前呼んでたし。あ・そっかそっか、と。
数人ほどの声がそんな言い合いを放り合い、
テーブルだかチェストだかの上へ置いてあったランタン型の明かりを灯す。

「居るんだよな、善意の勇者?
 勝手にとび込んでくる正義感満々の勘違い野郎。」

こちらも石のような感触のタイルを張った床らしく、
叩き伏せられた格好の少年が気を失ったか、ひくりとも動かずに横たわっていて、

 「おっさんとこのバイトか何かか?」
 「可哀そうによ、骨もイってねぇか?今の。」

可哀そうと言いつつ、笑いごととするよな口調で伺って、
なあと別な人物へ顔を向けるが、

 “…そうか、気配と頭数が合わないのは一人意識を失ってるからか。”

初夏向きの薄手とはいえパーカーを羽織っていたので、そのフードを頭にかぶり、
腰が引けたよな態度で声を発したものだから、相手へ完全に“勘違い”を植え付けたらしい。
ただの素人の少年が迷い込んでしまったのだと。

 “意識のないのが、オーナーさんだな。”

いくら異能力を持つ身だって、
無防備なところへ鉄パイプや金属バットで殴られりゃあ、
脳しんとうだって起こす、下手すりゃ頭蓋骨だって無事じゃあなかろう。
ただ、暗い中に気配があるのだ怪しまないはずがなく、
それなりの警戒はしていたし、
ひゅっと何がが振りかぶられた気配を嗅いで、ははぁんと察し、
相手へも良くは見えないのをいいことに、頭のあった高さへ虎化した腕を入れ替え、
それへと当たるように上手に避けたまでのこと。

 「さて、どうするよ。」
 「お宝は頂いたしな。
  おっさんが火ぃ付けたんだそのまま炎上させちまおうぜ。」

いきなり書類まいて火いつけたのにはビビったが、
今どきの建材はそう簡単には燃えねぇってのと。
ガラの悪い言いようをして ぎゃははと笑うところから察するに、

 “そうか。こいつら強盗か。”

オーナー氏だろう人事不省の存在も、
呼吸や心音は聞こえるから命への別状はなさそうで。
となれば、此奴らは遠慮なく畳めばいいだけ、と見切ってのそれから

 床へ手を伏せ、ぐいと押し返しつつ跳ね起きる動作の、
 何とも軽やかで見事だったか。

 「…え?」

虎の異能の持ち主である敦少年は、
膂力が桁外れなだけじゃない、
動体酢力が半端なく いいその上、
視力に追随する反射が、そのまま鮮やかにその身を動かし、制御する。
無論、自分で鍛錬を積みもしたのだろうが、

 「な。なんだこいつっ。」
 「起きやがった、もう一遍殴り倒…っ」

ぶんっと振られた凶器を紙一重でよけつつ、
すぐ横の壁に足を掛けて数歩駆け上がり、
こんのぉっと追って来た別の追っ手の手からもひとまたぎで逃げて。
届いた次の壁へとそのまま着地すると、
そぉれとあたふたしていた一人へ目がけ、どんと飛び降りて蹴り倒す。

 「うわぁっ。」
 「何してやがる、ごらっ。」

とんだお間抜けが入り込んで来やがってと嗤っていたのはつい先ほど。
その同じ少年にいいように振り回され、あっという間に仲間が一人蹴り倒されているなんて。
これまでよほどにツイてたものか、初めての狼狽なのだろう、
見るからに泡を食ってるのが気の毒なほどだったが、

 「しっかりしねぇか、兄貴が戻ってきたらどやされっぞ。」

  おや。

先程バットを振るったお兄さんが、声が脹れないのがもどかしかったか、
擬装のためだったろうマスクを口許からむしり取り、
仲間内を見回してから、再び眼前に立っているパーカーにデニム姿の少年へ
ぎりりと精一杯に眇めて鋭くした、いかにも恐ろし気な目を差し向ける。

「顔を見られたんじゃあ逃がすわけにはいかねぇ。」
「だったらどうするのだ。」

 …え?

間髪入れずというお返事が、あらぬ方向から立ったので。
居合わせたチンピラども、
パパっと灯された明かりの下で数えるに ひいふう…六人ほどが
まずは眩しいと目許を手で覆ってからの。
何にか気づいたそのまま ぎょっとして、天井近くを言葉もなく見上げている。
というのが、

 “あわわ、どっちが悪役だよ。”

羅生門で釣り上げられての、
天井の近くというと、今気づいたが煙もうもうの中空へ
だらりと吊り下げられた数人の作業着の面々が、そちらは三人ほどだろうか。
此処でオーナー氏をいたぶってた連中のお仲間らしく、

 「画廊倉庫の方にもぐり込んでおったが、
  金細工の宝飾品や何や袋に詰めていやったぞ。」

ほいと黒衣の青年が無造作に放ったのが、薄汚れた下足袋らしきもの。
床へ当たった折に ちゃりりんという金音がしたので、
彼の言う通り、金目のものを物色していた班らしく。
故買屋から足を洗ったというこちらのオーナー氏を、ただの道楽者と甘く見たものか、
古美術商なら貯め込んでいる筈と見越し、蔵物やら金銀を盗み出そうとしていたというところか。
この火事は身の危険と察した○○氏が放った火だが、
いっそこの小火で一酸化炭素中毒による亡き者にする予定だったとか。

 「だざ…彼の人の伝手へ鎌首もたげるとは片腹痛い。」

やっぱりそっちかいと、それにしたって異能はダメだろうと、
はあと肩を落とした虎の子くん。

 「頼むから血しぶき上げまくらないでくれよな。」

少しでも自分がやらかしたこととして誤魔化せるよう、
しゃき〜んっと虎の爪を手に降ろし、
壁へとやたらに引っ掻き傷をつけてののち、
さあどうぞと、腕を組んでただ突っ立つ少年だったのへ。

 「……ちっ。」

むうとしかめっ面になった芥川、
それでも別の黒獣を、一体どこから持ち出したのか
肩へと巻いてたカーテンらしき黒布からするすると伸ばして来、
呆気にとられたままでいた顔ぶれを改めて捕まえ、

 「え?」
 「うわ、なんだこれ。」

迂闊にもほどがあるというか、
異能というもの知らない級のチンピラではこんなものか。
先程の威勢はどこへやらで
ただただ何が起こっているのやらと呆けてたまま拘束された面々。
きゅっと気道を締めて意識を失わせるだけにとどめた連中を
床へぼとぼとと無慈悲に落とし、

 「で?」

不遜を絵に描いたような態度で、腕を胸高に組んで短く訊く漆黒の兄様へ。
ああ流石に こっちが仕切ることの運びへお怒りなのだなと、
こちらは眉を下げた敦が恐縮気味に口を開いて、

「まずは消防の人が飛び込んでくるはずだ。
 探偵社証を見せれば多少荒っぽいことでこの連中を締めたんだとしても、
 準警官扱いされるから。」

後日に事情聴取に呼ばれるかも知れないがお咎めはないはずと、
探偵社員なりの段取りを話し、

 「この男はどうする。」
 「ああ、〇〇さんかぁ。」

煙を吸ったか、それとも此奴らに殴られるかして意識を奪われたか、
依然として意識が戻らぬままのオーナー氏の処遇に関して、
えっとぉと、ちょっと戸惑う虎の子くんだったので、

「こやつらが何を口々に供述するかは判らぬからな。
 海千山千の本人に任せるのが無難だろうよ。」

何が起きたか何で小火が出たのか、
こっちは知らないのだ、嘘はない。
なので、どう抗弁するにしても、経験値の薄い敦より頼もしかろうと助言をし、

「いいか? 下手な思い付きを並べるな。
 却ってややこしくなるからな。」
「わ、わかってるよ。」

ぐいと顔を近づけて睨みを利かせ、
あらためて念を押すところはむしろ過保護かも。
慌て者な性分を見抜かれたかと、焦った少年を尻目に、

「ではな。」
「あ…。」

自分がいては何にもならぬと、踵を返したのも仕方がないこと。
せっかくの非番、残り半日を警察かかわりで過ごす気はないと、
当然のことながら背を向けた芥川に、
引き留めるだけの故が見つからず、見送るしかないものの。
それは自分にも寂しいというものか、ついの声を上げた敦だったところ、

 「…。」

ふと、その足を止めた兄様。

 「用があると言い張って聴取を早めに済ませろ。」

ちらと肩越しに視線だけ寄越した芥川の言いようから、
何時も会ってる部屋で待つとの意を察し、

 「うんっ。」

たちまち元気なお返事返すところが現金な辺り、それでいいのか武装探偵社。
ゆったり歩み去るのを今度は止めもせずに見送って、さて。
確か志々雄堂で ビワのゼリーがもう並んでるってナオミさんが言ってたっけ、
和菓子なら ういろうにあずきが載った水無月かなと、
お土産のスイーツを算段しつつ、
破落戸どもへ鼻歌混じりにロープを掛けてた少年だったのへ、

 “…さすが、あの太宰くんの部下だけあるわ。”

実はいつからか意識も戻っていて、こっそり様子を窺ってましたの○○氏。
マフィアらしい相棒くんの言動はともかく、
こちらの彼にしても肝が据わっておいでのところへ、舌を巻いてたそうでございます。




to be continued.(18.06.02.〜)




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背景お借りしました “フリー素材ぱくたそ”様


 *なんか長々と一気に綴ってしまいましたが、
  この程度の相手では、こんなもんです、軽い軽いということで。